会田誠展:天才でごめんなさい

会田誠にとって初めての美術館での個展となる森美術館の『会田誠展:天才でごめんなさい』は、今年最も重要な文化的事件だと言ってもいいだろう。会田誠の作品については様々な意見はあるが、活動の規模と作品の衝撃という両面において会田誠ただ一人が(全ての日本人作家にとって成功を量る究極の目安となる)村上隆に匹敵し、時には凌駕する唯一の日本人作家であることは否定しようのない事実だろう。もっとも、会田は彼の生涯のライバルである村上とは比べようもなく謙虚なやり方でそれを成し遂げてきたのだ。純朴そうな少女の愛らしいイメージに社会に蔓延る不安を潜ませることで観客たちの目を虜にしながら、会田誠はサラリーマン、セクシズム、消費社会、そして今や近代日本の規範とさえなった無気力への巡礼を続けるのだ。

子供のような落書き、細部まで苦心して描き込まれた巨大な絵画、そして彼のトレードマークである手作りの段ボール作品と空のビールケースに至る数々の作品の中を歩んでいけば、なぜ会田が本来なら手にしているべきメインストリームでの成功を未だに収めていないかが明らかになるだろう。会田は偶然にして画家としての(真に)すばらしい才能を持って生まれてしまった文学者であり、しかし決してそれに満足することなく、何か決まったものを「いかに作り上げるか」よりも「そもそも何をすべきか」という試行錯誤をいつも繰り返してきたのだ。事実、捉えがたく変化する会田のスタイルは彼の最大の魅力である。会田の感性、深い思索、そして社会に対する意識は、彼の周囲にいる芸術家よりも彼の敬愛する文学者・三島由紀夫と多くの共通点を持っている。安易に社会に迎合することを会田が拒み続けていることもそのひとつの証拠といえるだろう。彼の才能、カリスマ、優れた容貌をもってすれば日本のアート界の顔になることも難しくはなかったはずだが、会田はあくまで予測不可能で、不安定で、ありのままの自分であり続けるという、芸術家にとって本来的にリアルな生き方を選んだのだ。

森美術館、チーフ・キュレーターの片岡真美、会田のギャラリストであり長年の支援者である三潴末雄、そして会田がオープニングで唯一謝辞を述べた彼のマネージャーの日下恵理子は、この展覧会を実現した功績を大いに称賛されるべきだろう。

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