インタビュー:アンディ・ストット
インタビュー・写真: アンドレイ・ボルド
ありきたりなサウンドから逃れようとダフトパンクさえもが生音を用いた新作を発表する今日の音楽シーンにおいて、アンディ・ストット(Andy Stott)の音楽は清々しいまでに独創的だ。身体の奥底に響くようなテクノ・ダブと、新たに加えられたオペラ・ヴォーカル、そのふたつのシャーマニックな融合は、ひとたび耳にすればすぐに彼のサウンドだとわかる。
今年だけで二度の来日を果たしたストットだが、その間にも彼の生活には様々な変化があった。ベンツを塗装する昼の仕事を遂に辞めたストットは一児の父になり、三作目となるスタジオアルバム『Luxury Problems』は並み居る音楽評論家たちにベストアルバムとして推挙され、満員のリキッドルームではメインアクトを務めた。しかしそんな激動にも浮き足立つことなく、このマンチェスター在住の音楽家はどこか変則的な彼ならではのリズムで歩み続けている。ストットは些細なことにも喜びを見つけて大興奮し、iPhoneを片手に彼の愛するフレンチ・ブルドックのクープス(Coops)の気の抜けた写真やハイダイナミックレンジ合成で撮影したゾンビ風のポートレイトを見せてくれたりする。しかしステージ上や、音楽について語るときには、彼は突如として隙のない、沈着で集中した表情を覗かせるのだ。

アンディ・ストット
- AB 仕事を辞めてしばらく経ちますが調子はどうですか?
- AS 思ったよりうまくいっているよ。特に仕事を辞めることについてはジョセフ(まだ赤ん坊の息子)が生まれてからは本当に慎重に考えてきたけれど、ついにチャンスが訪れたんだ。『Luxury Problems』の評判は完全な自信を与えてくれたよ。自分のやってきたことはやっぱり間違ってなかったってね。いい調子だよ。
- AB 私の友人から聞いた話ですが、自分の音楽を言葉で説明する機会があったようですね。そのときはどんな説明を?
- AS まずはムーディな映画のサウンドトラックをまず頭に浮かべて、さらにそれがダンスフロア向けの音楽になっているのを想像してごらん、と説明したんだ。ほとんど矛盾しているだろ。それが同時に成立することなんてあるはずがない。だけど、それを実現させたのが僕の音楽だ。
- AB 音楽には昔から夢中でした?
- AS 小さいころからね。そのころは父親の聴いていた音楽を耳にしていた。それがどんなふうに作られているかなんてことは、まったく興味がなかったけれど。
- AB 自分の興味をいちばん掻き立ててくれたものは覚えていますか?
- AS Aphex Twinだね。『Classics』に収録されている「Metaphrastic」というトラックだ。そのときはたしか14歳で、レイブのラジオをぼんやり聴いていた頃だよ。そのトラックはそれまで聞いたことがないもので、他の二倍は激しいものだった。すべてを知りたいと思うようになったのはそれからだね。その週末には地元のショップで最初に目にしたAphex Twinのアルバム、「Selected Ambient Works」を手に取ったんだ。インダストリアルな音を期待しながら家に帰ったんだけど......「オー!ノー!これじゃない!」って、がっかりしたね!(笑)もっとも、今となっては人生で一番のアルバムのひとつだけど。
- AB 彼に会ったことは?
- AS 一度だけね。なんというか、まるで完全に他の惑星にいるみたいな気持ちになったよ。ロンドンのクラブで友人のプレイを眺めていたら、すぐ目の前に彼がいたんだ。ただ指差すことしかできなかったね。すると彼は踵を返してどこかに行ってしまったんだ(両者、笑)。
- AB いつ頃のこと?
- AS 残念なことをしたなあ。たしか1999年か2000年のはずだよ。何人か彼を指差しているキッズがいたね。
- AB その夜は悪夢にうなされただろうね。
- AS 翌朝目が覚めて最初に頭に浮かんだのがそのことだよ。ああ、悔しいな(笑)
- AB 子供の頃に一番影響を受けたものが「トランスフォーマー」というのは本当?
- AS そう、「トランスフォーマー」!あれに出てくるカセットロンみたいに喋りたいね!
- AB 好きな音は?
- AS カセットロンの声だね。
- AB たったひとつ選ぶとして、一番好きな音がカセットロンの声?
- AS うーん、どうだろう。ちょっと答えにくい質問だな。
- AB では聞き方を変えてみます。カセットロンの他に4つ、好きな音として思い浮かぶものは?
- AS TB-303、それとジャン・ミシェル・ジャールのシンセサイザーだろ。フォードBAのエンジン、あれは野蛮で荒々しい攻撃的な音だ(笑)あとは、リッケンバッカーのベースギターかな。
- AB 過去を振り返ることは?あるいはひたすら前進するタイプ?
- AS 前進かな。同じようなことを繰り返しながらも人々の興味を惹き続けるアーティストというのはなかなかいないんじゃない?いたとしても珍しい例だと思う。自分自身に対して興味を失わないためにも変化することは必要だと僕は思ってる。だけど、前にあれをやったから次はこれをやらなきゃとか、意識的なものではないけれどね。あくまで自然な流れなんだ。

Liquidroomでのライブ演奏
- AB 「実際に口にしてみるまで、自分の考えはわからない」という言葉があるように、やってみないとわからないということ?
- AS そうだな......決まった手順みたいなものはないね。自分が何か始めるときは、いつも違ったマシンを手に取って、何か手ごたえを覚えるまで色々と試してみる。ああしようとかこうしようとか、頭で考えて始めるということは一度もない。まずは手当たり次第スイッチオン、だね。
- AB 心のままにということですね。
- AS その通り。そして何かが訪れるわけ。
- AB できあがったものを聞いてみて自分で驚かされることは?
- AS 自分で聴いてみるまでには少し時間がかかるんだ。どうやって作ったかを忘れてそれを聴くことができるように、トラックを完成させてから十分な時間が経つ必要がある。そうしてようやく、自分自身のものじゃなくて、単なるトラックとしてそれを聴くことができるようになるんだ。だから、自分が作ったものを聴くことができるようになるまでに時間がかかる。たとえば『Luxury Problems』を今聴いたとすれば、そのサウンドやヴォーカルやキックドラムについて自分が何をしたかがわかってしまう。まだ覚えてるからね。だけど、『Passed Me By』なら、何をどうやったかは忘れていてちゃんと聴くことができる。おもしろいことだね。
- AB 隅々までコントロールしたくなるタイプ?
- AS そう思うよ(笑)もし誰かといっしょにやるとしたら変な感じになるだろうね。コラボレーターからのインプットを求めるだろうけれど、僕が実際に聞きたい言葉は「それでOK」だから。大きすぎる変化はあまり好きじゃないな。偏屈だからね(笑)自分のやりかたにはこだわってる。
- AB スターウォーズで一番好きなアイテムは?
- AS ヘルメットを持ってるよ。
- AB ヘルメット?
- AS 最初のエピソード「The New Hope」でオリジナルのヘルメットをデザインした人がいて、そのヘルメットのコピーライトを抑えようとしたジョージ・ルーカスに対して数年前に訴訟を起こして権利を勝ち取ったんだ。イギリス国内だけではあるけど、彼はそのヘルメットを自由に製造して売ることができるんだ。僕が持っているのはそのオリジナル1976年版のハン・ソロやルーク・スカイウォーカーが身に着けていたのと同じデザインで、スタジオに飾ってあるんだ。
- AB マンチェスターは音楽に対して前向きな都市だと思いますか?
- AS まあ、少し落ち着いてきたかなという印象はあるけどね。マンチェスターの音楽はマンチェスターの人々に似てるといつも思うね。浮ついたものやナンセンスなものは一切ない。まっすぐなんだ。そこにマンチェスターがあって、そこに人々がいて、それがすべて。それ以外の何物でもない、そうだろ?マンチェスターの人々はそう思ってるんじゃないかな。胡散臭い連中もくだらない嘘付きもいないってね。
- AB マンチェスターとデトロイトはどちらもダークなイメージがあるけれど、似ていると思いますか?
- AS 何かしらの繋がりはあるね。だけどデトロイトほどの厳しさはマンチェスターには特になくて、それは音楽にも現れていると思う。叫び声を上げてでも訴えるべきものがマンチェスターにはないね。
- AB リズムとメロディ、選ぶならどちら?
- AS うーん、簡単にはいえないね!リズムかな、だけど、ほら、ジョン・マウス(John Maus)のスリー・ノート、あの新しい音階を使ったメロディは堪らないね。彼の音楽にはやられたよ。いわば、メトロノームひとつでもビートとサウンドスケープを創り出すことは可能なんだ。ただ、今のところ、僕が興味があるのはリズムだね。

Liquidroomライブ風景
- AB ライブのときの男女比はどれくらい?
- AS 70対30......いや、80対20で男が多いかな。
- AB どう思います?
- AS 自分自身はファンじゃないから、なんとも(笑)
- AB 音楽のテンポがどんどん速くなっていることとは関係が?
- AS そうか、じゃあ、ヴォーカルとピアノを増やそう。あとメジャーコードも(両者・笑)
- AB 初めてライブを見たときは客席の女性は数えられるほど少なかったけどね。
- AS マシになったんだ(笑)これが名声の力か(爆笑)実際に、最新アルバムはヴォーカルのおかげで違ったタイプの人々へ届いたと思う。その人たちが先の二作『Passed Me By』と『We Stay Together』にも興味を持ってくれている。ありがたいことに、一回りしたってことだね。
- AB 好きなサウンドトラックは?
- AS うーん、どうだろう。不思議なことに、なぜか真っ先に頭に浮かんだのは『Big Trouble in Little China』だね。
- AB 腹が立っているときに聴く音楽は?
- AS ムカついてきたときは古いレイブのサウンドかな。最近はメタルも聴くかな。あれは確実に怒りに効くからね(笑)
- AB 悲しいときは?
- AS ウィリアム・バシンスキ(William Basinski)だね。
- AB 幸せなときは?
- AS メタルとウィリアム・バシンスキの中間ならなんでもかな(笑)
- AB デペッシュ・モードで一番好きな曲は?
- AS 「Walking In My Shoes」か『Ultra』に収録されている「It’s No Good」だね。僕にとってデペッシュ・モードは『Ultra』で終わっている。
- AB クラブ・カルチャーはどこに向かっていると思いますか?
- AS クラブの世界にはそんなには関わってはいないからわからないな。ただ、クラブ・ミュージックはあまり野心的なことに挑戦するものではないと思っている。人が何を求めるか次第だね。僕が個人的に求めているものはクラブ・ミュージックにはないね。僕はもっと興味深い何かを求めて音楽を作り込んでいるけれど、クラブ・シーンがまさにそういったものだとは言えないと思う。
- AB クラブとドラッグを切り離すことはできると思いますか?
- AS できると思うよ。みんなで外に出かけて楽しく夜を過ごすために作られた音楽というものがあると思う。クラブに行く人たちはクラブに行くのが目的で、音楽はあまり関係ないからね。僕自身は、もっと個人に目を向けた人々の方が好きだけどね。「あの人がプレイするから今日はあのクラブに行こう」というような人たち。
- AB これからの予定は?
- AS ルールをぶち壊すことかな。本は窓から投げ捨てた。あんまり深く考え込まないでやっていくつもりだよ。
- AB 最高だね(笑)
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通訳・書き起こし: タナカ・ショウコ
翻訳: タムラ・マサミチ