インタビュー:佐藤允

インタビュー・写真: アンドレイ・ボルド

 

論争の止まぬ靖国神社のすぐ近くの佐藤充のスタジオに向かう私たちの前に、一人の青年が飛び跳ねるように姿を現し、息をつかせる間もなく喋り始めた。そう、彼が佐藤充だ。佐藤の思考と言葉は直結しており、実際の言葉として発されようとひたすら脳内を巡り続けようと、その活動が止むことは決してない。自分を抑えるということなど佐藤には無縁なのだ。

大通りから50メートル程の静かな住宅地へと私たちは辿りついた。視界に映るのは小学生と数名の警察官だけ。「子供は見ていて楽しいね」と口にした佐藤は「でも、警察に怪しまれないように気をつけないとね」と軽口を叩いて目を輝かせた。明るい光の差し込む窓の前に何もない空間が広がるスタジオは実際よりも広々とした印象を与える。そこかしこに散らばっているドローイングは「東京に越してくるときに買ったんだ」という机へ向かう道をわずかに残すばかりだ。たとえ静かにしているときでも彼の体は動くことを止めない。まるで眠ることや食べることについて話すように、佐藤は描くことについて話をする。そう、佐藤にとって絵を描くことは、セックスと同じように、それほど大切なことなのだ。

アーティスト・佐藤充(お気に入りの山本寛斎のヴィンテージ・ジャケットを着て)

アーティスト・佐藤充(お気に入りの山本寛斎のヴィンテージ・ジャケットを着て)

  • AB まずは簡単に自己紹介をお願いします。
  • 佐藤 高校生の時までは何も絵を描いていなくて、もともと描いていたんですけど、人に見せたら嫌がるような、気持ち悪いっていわれるような絵で、実際描いてはいたけど人に見せないでいたんですけど、高校生の時にある先輩が僕の絵をほしがってくれて、その先輩のために描くことがどんどん楽しくなっていって、千葉の田舎の高校なんですけど、就職がないひどい時代だったのもあるし頭も悪かったので美大に行きたいなって思ったときに京都の大学で田名網敬一さんが教えられてるっていうのを知って、入試試験で、束芋さんに出会ってギャラリー・コヤナギを紹介していただいた。だから高校終わりぐらいから絵を売る活動はしていて、そこから大学の間にいろいろニューヨークで個展をしたり美術館でやったりして今に至るっていう。
  • AB もともと田名網さんの作品が好きだったんですか?
  • 佐藤 高校生の時に初めて見たのが日本の音楽でスーパーカーっていうグループがいて、そのCDジャケットを見たのがきっかけです。今まで自分が周りから気持ち悪いって言われるものを描いているのがすごいコンプレックスで人に共感して欲しいと思いながら、やっぱり見せたくないってことがあったんだけれども、先生の絵を見て、こういうやり方をしてもいいのかなって、って思うきっかけになったっていう。先生の絵には自由な、ちょっと気持ち悪いような感じもあるんだけれども関係なく突き抜けているようなところがあって、そこからです。直接お会いしたら益々好きになったんですけれども、きっかけはスーパーカーのジャケットでした。
  • AB 先生としてはどういう方ですか?
  • 佐藤 実は僕は先生の授業を受けたことはなくて、自分の授業と時間が合わなかったんですね。だから学校の授業が終わってから先生が研究室に戻られるのをみはからって待って自分の絵を持って見せて。特に安心できる力強い感じの先生なんですよ。いつもそんなに窮屈にならないというか、とにかく滅茶苦茶でどんどんやっちゃいなさいということで。
    高校の時に先生に......(本を取り出して)この本は大学卒業した時に作ったんですよ。
    高校生の時に描いてたものはこういうテスト用紙に。その時は作品と思ってなくて、ただの落書きなんですけど、度が超えていくといいますか、やることがなくて授業中に。だから初期のものは裏に、テストの白紙の。名前だけ書いて提出したっていうようなものが多いですね。このテストの内容を見てもらうとわかるっていうか英語も全部ほんと何もできないっていうのが、嫌になるくらいぐらい何もできない、学校の勉強もできないし、スポーツもできないし、本当どうしようかなって思ってた時期に描いてました。高校三年ぐらいですね。ちょうど絵を描き始めたっていうときのものからデビューしている。
    田名網先生には、制作に悩む度に、励ましてもらってます。狂える事は素晴らしい、と言ってくれる方ですから。僕とはもっぱら課外授業が多くて、沢山呑ませて頂いて、沢山酔わせて頂きました。
  • AB 絵に向かうきっかけはありましたか?
  • 佐藤 逃げ道なんですよね。みんなの落書きと同じように。ちょっとでも別の状態に行きたい。今でもそうなんですけど、ちょっと逃げたかったり、納得したりするのに。
  • AB 家族の方々は作品についてどう思っているのですか?
  • 佐藤 子供の時は本当に嫌がっていて、表彰されるような絵でもないし、授業で評価されるような絵でもないし。ほんとに死体みたいなものを描いていて、ちょっとオカルトっぽかったんですね。だから持ってる本も全部捨てられたりとか、そういうレベルまで行ってしまって。今は八年ぐらいやっているから、理解っていうか、理解できないからそういうことなんだなって許容しているんですけれども、それほど好きではない。応援はしてくれてますけど。
佐藤充 『さようなら』 パネルにマウントされた紙に鉛筆・インク  103 x 72.8 cm. Photo by Keizo Kioku. Courtesy of ギャラリー小柳i.

佐藤充 『さようなら』 パネルにマウントされた紙に鉛筆・インク 103 x 72.8 cm. Photo by Keizo Kioku. Courtesy of ギャラリー小柳.

  • AB 腐敗というテーマは...
  • 佐藤 僕が大学の時に脊髄の病気になってしまって入院したことがあるんですよ。そのときに病室でイメージしてたことなんですね。
  • AB 自分の作品を自分で説明するとしたら?
  • 佐藤 それを最近すごく考えていて...。今までほんと何も考えていなかったんです。いまだに何も考えてなくて、考えなくちゃいけないなって思うようになってきて。絵を言葉にチェンジするのはすごい難しいことで、だから難しいんですけど。
  • 今までは自分ひとりのための世界を書きたかったんですけど、ここ最近の変化としてはルイ・ヴィトンで展示したものぐらいから自分以外の世界。それまでは自分の精神世界だけを描いていたんですけど、そうじゃなくて地続きにある世界のことを考えてみたり、他の人はどう考えてるのかなとか。ちょっとずつ興味を自分から他人に寄せていくっていう傾向があります。まだ、結局は自分なんですけど。
  • AB ルイ・ヴィトンでの展示の成功は多くの人が作品を知る機会になりましたが、それによって自分の中で変わったことはありますか?たとえば、作品を見ている人たちのために描こうとか、あるいは逆に見ている人がいるからより一層自分の精神世界について考えないといけないと思ったとか、心境や作品の変化はあるんですか?
  • 佐藤 厳密にいうと無くて、いつもいろんなことを今度は何をやりたいとか、今度は誰のために描きたいと思っても最終的にいつも、最後描くときはへろへろの状態でやるんですけれども、何が完成かっていうと自分が納得、自分が面白いなって思ったもの以外受け付けなくなってるんですよ。だから他の人にこれで終わりでいいんじゃないって言われることすごいあるんですけど、嫌だってね。あと難しい話になっちゃうんですけど、自分がもう一人いて、絵を描いてるときの自分と、展示会の終わった後にいる自分がちょっと違う人で、僕も観客みたいに客観的になっちゃっていて、僕はただこういうのすごいなあって思ってて、もう一人絵を描く自分っていうのは完成するとよくこんなものがあるなって、自分が描いたと思えない。
  • AB トランス状態になっているような?
  • 佐藤 そうなんですよ。もう一人の自分に要求されるんですよね、もっと、もっといけないかっていうか、こう。だから基本的にオーディエンスからの希望要望にこたえるというよりも、もう一人の自分がアイディアをひらめいちゃったら、めんどくさくて、すごい時間がかかるんですけど、一つのことをやるのに、だけどもう逃げられないので、できるだけこたえていくっていう方法で今までやってきました。皆さんがどう思っているのかなっていうのはほんと不思議で、そんな直接聞くこともない。海外の人だと自分はどう思っているのか、これはこういう絵なんじゃないかって自分の思っているように言ってくれることが多くて、それに関しては新しいお話を聞くような、ああそうなんだなっていうような感じで聞いてます。
  • 僕は結構恋愛がテーマになることが多くて、好きだった人がいなくなってしまったりとか、いなくなってしまった人の距離感とか、昨日まで触れたのに何で触れなくなっちゃったんだろうとか、もう話もできないとか、そういうこととかを......乗り越えるためにやっているみたいなところもあって。だから恋愛じゃないときも自分が疑問に思っていることとか苦しんでいることとか。で、幸せなこともあると思うんですけれども、苦しんでいることじゃなくて。今どういう状態なのかって自分でわからなくて、理解するためにやっている。というのが正直なところです。
  • AB 恋愛であっても損失に意識が向くんですね。
  • 佐藤 僕は他人のことがわからないんですよ。同じことを考えているっていうのがわからないんですよ。
    本当に同じことを考えているのかなとか。同じ気持ちじゃないじゃないですか、一緒に寝てたとしても。結局恋愛のことをテーマにしてても自分のことになってしまう。苦しんでる自分とか愛しいと思ってる自分なんだけど、そこに相手が含まれてるかっていうと含まれていなくていつも。最近までは自分がどういう存在なのか気になってしょうがなかったです。今もそうですけど。
  • AB 今は恋人は?
  • 佐藤 今?いますね。それはそれで喜んだり、いろいろ思うことがあって、最近の作品は少なからず今の恋愛を反映していると思います。
  • AB 誰かを欲していると同時に、誰かと完全に一緒になることはできないということですか?
  • 佐藤 ええ、多分僕は無理ですね。おかしくなっちゃうんですほんとに。恋愛に関しては皆さん思うところあるんだと思うんですけれども、どこまで一緒になれるか、なりたいのかっていうのがすごい疑問なんですよね。その、一緒には死ねないし。
    これは二○○九年から毎日日記を書いてたんですよ。毎日書いていて。このときはそのときの恋人になんだか拒否され続けてしまって。好きなんだけど拒否されてるってことが......どんどん狂ってきちゃって。毎日一枚ずつ。今は違います。これ、別れてやめました。ちょっとずつその恋人へののイメージも変わってきていて。これは作品ではないんですけど、すごい重要な。これは最後に別れちゃったときの一枚ですね。今アーティストっていう仕事してますけど、じゃなくても絵は必要だなってすごいわかったんですよね、自分を保つのに。
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  • AB 尊敬している人物は?
  • 佐藤 小柳敦子さんです。アーティストではあんまりいないんですよ。うちのギャラリーのボスなんですけど。お忙しい方なので、全然絵について話したりとかそういうことってないんですけど、いつもヒントというか重要なことを会話の中でさらっと言ってくださる。あとほんとに窮地、もうどうしようっていうピンチのとき、たとえばニューヨークのときとかも、ぺらぺらの大学生で個展も何もやったことない人が急遽ニューヨークで個展をやるってことになったときも来てくださって展示から巻尺から採寸から何から、どたばたやってくださって、窮地のとき、精神的にも実際にも助けてくださる。尊敬しています。小柳さんは結構霊感を、っていうかアイデアをくれる。さっきの話じゃないですけど絵を描くのは、自分のためにやるってことと、小柳さんのためにやるっていうところもあります。それだけでも結構できちゃうっていうか。
    ギャラリーの担当の人にも。その人たちがいないと、描いてるのは僕なんですけどいろんなことでスケジュールとかほとんどお任せして調整してもらってるので。8年間一緒にやってきた担当の深沢さんっていう方もいまだに苦しみ続けているというか。遅いので、できあがるのが。今日までできるって言ってても、できない。できない、できないできないって、そしたらカメラ撮影から何からずれていくっていうのを毎度やってます。
    本当に申し訳ないけど、あのギャラリーじゃないとできない。
  • AB アート以外で興味のあることは?
  • 佐藤 何だろう・・・うーん・・・。無いかもしれない。
  • AB 何も?!
  • 佐藤 下世話なことになっちゃう。エッチなこととか、食べることとか、寝ることとか。あ、でも、洋服は好きです。これ作ったんです。自分で描いて。
  • AB 三大欲求のすぐ次に製作なんですね。
  • 佐藤 そうですね、自分の作品を一生懸命やらなければ生きててしょうがないというか......本当に僕、駄目だってことを高校の時にわかったんですよ。学校の宿題とかもやったことなかったんですね。だから製作が始まって苦しいなって思い始めたときに、今まで夏休みの宿題とかやらなかった分勉強をやらなかった分とか今まで勉強をやってるようなつもりでやればいいんだと。
  • AB 自分とつながりを感じる人たちは?
  • 佐藤 大学を卒業してからぼろぼろなアトリエを同級生と三人で借りて。あと、大学で短い期間講師をして、生徒も年が近かったので色々と同年代の人と話す機会があったんですけど、みんな自分にしか興味がないっていうことは言えるんじゃないかなあって思って。まず自分がっていうところで始まっていくというのは僕も絵を描いていて自分で思いましたし。あと、いつか世界が壊れてしまうっていう不安がぼんやりと子供の時からあったよねっていう話をしました。ちょうど子供のときにバブルが崩壊しててまた社長が首をつって死んだとかっていうニュースが頻繁に流れてた記憶があって、一番は怖いな。一番にはなりたくないなとか。そういうことを漠然と考えてたって話をしたら、同年代の何人かもそう思ってたっていう話をしてて。だから自分の世界にだけ閉じこもってしまいがちなのかなと思いました。人とつながってチームで何かをやるって方もいますけど、それよりも自分ひとりでやるほうが心地いいって感じている世代なんじゃないかなあと。そしてその状況に妙にもどかしさを感じてる世代。
  • AB 時代からの影響は感じますか?
  • 佐藤 僕は昭和の終わるギリギリに産まれたくせに平成のものにあんまり興味がないんですよ。80年代に日本では山本寛斎っていうデザイナーがいて、今は当時よりそんなに有名じゃないんですけど。すごい80年代のクレイジーな、バブルの頭がトンでる感じの、カラフルで洒落てて今じゃ着れないような洋服、そういうものばっかり集めてるんですよ。なんだか、全く体験したことないのに懐かしいって思うものがあって。木下恵介も成瀬巳喜男も、溝口健二も今村昌平も好き。なんでしょうね。束芋先生も田名網先生もなんだかとっても懐かしいんですよ。
    一番僕の理想っていうのはお金とかそんなことよりも頭の中だけでどうにでもなる、楽しめるってこととか、あとクリエイティブっていうのはやっぱりお金がかかるかもしれないけど最小限で表現したら悪いものができるかっていうとそうではないんではないかっていう力を日本人は持ってると思ってて。うちは貧乏でしたし、両親も共に耳が不自由なので、自分の頭の中だけで紙の上だけで何かを逃げたり作れる、妄想出来るっていうことはすごく興味深いっていうかそれがすごい好きで。
  • AB 30年後の自分はどうなってると思いますか?
  • 佐藤 生きてたら嬉しいんですけど。自殺は絶対しないです。自殺はこの世界の中で一番罪深いって人に教わったからです。やっぱりみっともないことだって思ってて。
  • AB なぜ30年後に生きてればいいと思うんですか?
  • 佐藤 僕、体が丈夫じゃないんですよね。皆にもね、お前は早く死ぬんだってすごい(笑)
    だから絵が描けていたら嬉しいです、手があって。手がなくても足、とか。それぐらい絵は好きです。愛してますね。かけがえがない。30年後ね。でも幸せにはなれないって思ってるんですよね?。常に。子供の時からずっと思ってました。だから次出す新作っていうのは、「Maybe Tonight」っていうタイトルの絵で、まあまあ過激なんですけど、僕を勃起した状態で全身写真で撮ってもらって、それをデッサンして画面に色んな要素と絡ませて描いてあるんですけど「Maybe Tonight」っていう言葉を聞くと、みんなエッチなセクシーな、今晩何かあるんじゃないかっていうような。ときめきのある言葉のようにおもうんですけど、僕は今夜世界が終わってしまうっていうふうに考えちゃうんですよ。一つの言葉から色んな事が想像出来て、面白いなあって思って。嬉しいんだけどなんか悲しいっていうのが五分五分にいつもあるんですよ。褒められても嬉しいんだけど悲しかったり。嫌なことがあるとすんごい悲しいんだけどちょっと嬉しいとか。半分半分、生きたいって思ってるのと死にたいって思ってるのが同じくらいなんですよ。子供の時からそれはそうなんですよね。みんなはどうなんだろう。
佐藤充, 《Maybe Tonight》, 2012. Pencil on paper mounted on panel, 84.1 x 59.4 cm. Photo by Keizo Kioku. Courtesy of Gallery Koyanagi.

佐藤充, 《Maybe Tonight》, 2012. Pencil on paper mounted on panel, 84.1 x 59.4 cm. Photo by Keizo Kioku. Courtesy of Gallery Koyanagi.

  • AB 世界の終わりについてよく考えるのですか?
  • 佐藤 この世界が不確かなんだなっていうことをほんと最近知ったんですよ。きっかけは地震ですね。
    心の余裕が違って、これは内緒の話なんだけど、地震を体験する前には、心の余裕があって、美しいな、面白いな、って思ってた作品が、激しい地震の揺れでガタガタ揺れてるのを観て、地震が収まった後には何だこれ?って思っちゃったんですよね。錯覚が壊れるように。
    結局これに何の意味があるんだ?ってなってしまうものなんだってことに気づいちゃってすごいショックで。僕にとって「Maybe tonight」っていうのは絵とかアートっていうものがいらなくなるんじゃないかっていうね。みんなにお前は必要ないんだよって言われたときにどうすればいいのか、それでも大丈夫かっていうことにつながるんです。
  • AB 同時に楽観的な印象も受けますね。たとえば勃起した姿でのセルフポートレートのように......
  • 佐藤 そうそうそうそう(笑)写真を撮ってもらったのも、今しかない状態ってことだから。それを描くときに、なんだか発表するの恥ずかしくなっちゃって、これやめた方がいいんじゃないかって友達に相談したら、それは今しかできないって言われて。今しかできないんだからやるべき(笑)それを50代、60代でやったら恥ずかしいでしょって言われて(笑)
  • AB 東京で好きな場所は?
  • 佐藤 好きな場所ですか。東京で。......この靖国のアトリエですかね。窓を開けて見える目の前一面の空き地を僕は自分のグラウンドって呼んでるんですよ。あそこの木は桜の木で、一本だけはえてて。元々は国の建物が立っていて壊されて今は誰も入れないんです。だからこの都心で夏に窓開けて裸で描いてても大丈夫っていう(笑)
    東京の人たちってちょっと怖いですよね。ニューヨークもね、怖い。マンハッタンのワールド・トレード・センターのテロも乱暴過ぎてびっくりしたんですけど、それよりもそのビルの中でお金のことを計算してる人が2万人いたってことにびっくりしたんですよ。なんだか怖かった。無くなった後に見に行きましたけど、寂しかったですね、涙出てきちゃって。むなしかったんですよねすごい。変な時代だなあって。
  • AB 一番刺激を受けるものは?
  • 佐藤 セックスですかね。人に普段、握手をすることはあっても、触れるってことはないし。だけど触れるっていうことで、僕は自分にいつも自信がなくて、許してくれてるって感じがするんですよね。あと感触とか触感とか五感。テレビも見ないし本もそんな読まないし、だから一番刺激を受けるのは人ですかね、人と触れ合うこと。少人数と、深く。
  • AB 作品はとても独創的ですが、セックスも独創的なんですか?
  • 佐藤 多分(笑)友達と話してて思ったんですけど、みんな独創的なことしてるんだなって。みんな表ではクールなんだけど、恋人同士の間では変態になってる率が高い。僕はその許されてる感じが好きなんですよ。唯一、おかしいじゃないですか。おかしなことしてるわけだから。僕が興味があるのが、生殖以外のセックス。たとえば、女の人が男性器を口に含む、口に含むところを男は見ているんだけど、その女の口の中に入っている男性器の触感だったりっていうのがどういうふうに知覚されてるのかとかね。そういうことを考えるのが、感覚ってものが絵に描けないかとかね。男の言ってることと女の言ってることは違いますしね。男側から聞く話と女側から聞く話は全然違う。その感覚の違いがすごく面白いなって思うんですよね。
  • AB 一番の野望は?
  • 佐藤 一枚でもいいから、大きなことを言うと、その一枚で人を狂わせることができるくらいの衝撃があるものを作ることができないかなっていうのは考えます。人間の興奮する形ってあるじゃないですか、なんて言うか地球に刻まれたDNAの形っていうか、例えば氷の結晶だったり。いろんな球体だったり、フォルムや質感だったり。そういうものに反応するじゃないですか、知覚が。そういういろんなものの中で過敏に冴えたものを使って最終的にそれでショック死じゃないけど、マスターピースみたいなものですね。一枚でいいから一枚で人を納得させることができるものができたらいいなあとは夢見てます。自分が目指してるのがムンクの「叫び」とか小学校の時に見たときに、疑問を持たないというか、これはどういうことが描かれてるのかとか今の現代アートを見る見方じゃなくて、納得してた気がするんです、小学校の自分でも。いろんなコンテキストとかコンセプトがなくても入り込むことができる、そしてそれが人種を、あるいは動物を超えて関係なくいけたらすごいなって思ってるんですよね。

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通訳: イズハラ・チサコ

翻訳: タムラ・マサミチ