インタビュー:松井冬子

インタビュー・写真:アンドレイ・ボルド

 

もしあなたが松井冬子の名前を口にすれば、彼女を形容する様々な言葉が次々と飛び出してくるだろう。しかし、口火を切るのはいつも決まって「美しい」だ。それは確かに事実である。松井の美貌は彼女がアーチストであることを思わず忘れさせるほどだが、それでもなお忘れてはならないのは一人のアーチストとしての松井の卓越した才覚だ。松井が日本画に与えた新たな息吹はそれだけで美術史における彼女の存在を揺るぎないものにしているが、それに加えてとびきり開放的で、冒険的で、積極的で、明るく、快活 ― それが松井冬子というアーティストなのだ。

とある真夏日に東京の成山画廊で行われたインタビューに松井は美しく整えた髪にYLSのケージブーツという頭から爪先までまったく隙のな佇まいで姿を現した。

  • 今日はお盆で、しかも13日の金曜日ですね。迷信は信じますか?
  • いいえ、全く。

アーティスト・松井冬子

  • AB 由緒ある家系の出身だそうですね。
  • 松井 静岡県の田舎なんですけれど、古い家というか、十四代続いてまして。家自体は古い家で、代官をやっていたので。
  • AB 決めたことには一直線といった印象ですが、これまでもずっとそうでしたか?
  • 松井 そうですね、絵を描いてるときは集中するのが小さいころからそういう体質であったし、これだけ長い間ずっと絵を描いてきていても、集中力が途切れることはないっていうのは天からの授かり物だと思ってます。
  • AB 伝統的な西洋絵画をずっと学んできて急に日本画へ転向していますが、それはなぜ?
  • 松井 高校を卒業してから芸大に入るまでの予備校の期間で、最初の四年間のうちに油絵を学んでいました。その間に西洋美術を見倒した、という気分があって、ちょっと他のところを見てみようと思って、日本画を手にとって見てみたところ、日本画は我々がもっとリスペクトして自信をもって、いいアプローチをしていったらいいものができるはずだという自信みたいなものが出てきて、私のやるべき道だと確信しました。
  • AB 学問にも熱心で学位も多く取得していますが、それは自分の内面にとって必要だったからかでしょうか? あるいは社会的な地位のため?
  • 松井 そもそも私はレオナルド・ダ・ヴィンチが憧れで。例えばレオナルド・ダ・ヴィンチが東京芸大を受けたとしましょうよ。必ず受かるわけですよね。彼がやれそうなことは全部クリアしていきたいと思った。PhDを取っていると海外で有利ということも頭にあったし、あと技術がないところから生まれた芸術を私はあまり信用していないところがあって。技術の修練は必ず必要であるし、学べるものは全て学ぶ、というのが私の考え方なので。
  • AB 作品を作るときは、初めから明確なイメージがあるのか、あるいは感情があってそこからイメージを作っていくのか、どちらでしょう?
  • 松井 いろんなパターンがあって。イメージが先にバーっと出てくるときと、コンセプトがあってそのコンセプトを具現化するためにどういうものがいいのか考え出すときと。感情をそのまま出力するということではなくて、それをいかに見せて相手に伝えるかといったことを考えてます。
  • AB 今でもテクノは好きですか?
  • 松井(笑)まあ、ときどき。
  • AB お気に入りは?
  • 松井 今はトゥー・ローン・スウォーズメンとか、アンドリュー・ウェザオールとか、インテリジェント・テクノみたいな音で聞かせるタイプが、というのは聞いてるとずっとループするじゃないですか。描いてるときに覚醒しやすいんですよね。
  • AB クラブには?
  • 松井 全然行きません。
  • AB それじゃ、誘ってあげないとね。
  • 松井 (笑)ええ、よろしく!

Fuyuko Matsui, 陰刻された四肢の祭壇 (Engraved Alter of Limbs), 2007, color on silk, 222 x 172 cm

  • AB もっとも喜びを感じることは?
  • 松井 すごいアイディアが浮かんだときが一番幸せですよね。天才なんじゃないかって錯覚を起こすことができる。それが一番嬉しいことです。
  • AB 刺激を感じるものは?
  • 松井 あらゆるものからですね。本もそうだし、映画とか人とのコミュニケーションもそうだし。
  • AB 好きな映画は?
  • 松井 うーん......
  • AB では好きな監督は?
  • 松井 クリス・カニングハムと 『レクイエム・フォー・ドリーム』の...
  • AB アロノフスキー?
  • 松井 そうそう、ダレン・アロノフスキー。
  • AB 彼の『ブラック・スワン』は見ましたか?
  • 松井 ええ、だけど『レクイエム・フォー・ドリーム』の方が好きです。
  • AB 死体を解剖した経験は?
  • 松井 人体は日本では法律で禁止されているので......医学生でない限りちょっと。子牛の解剖はしました。
  • AB 解剖に興味を持ったきっかけは? 人形を破いて遊んだり?
  • 松井 (笑)一番最初のきっかけはうちの祖父が大学で医学を学んでいたんですけれども、大学の医学部の友達から解剖を描いてくれと頼まれていたという話を聞いて、それがロマンティックだなというイメージが小さい頃に植えつけられて。それから解剖に対していいイメージがありました。
  • AB 嫌いなもの、嫌悪しているものはありますか?
  • 松井 人種差別と女性差別。いまだに女性の社長が少ないとか、政治家に女性が少ないとか、そういうところですよね。女性が子どもを産んでしまうと社会に復帰できないような空気になっているんですよね。それをなくして男性も女性も子育てしたりとか、女性が気持ちよく働けるような、そういう社会になってほしい。
  • AB 政治家になるご予定は?
  • 松井 全くないです(笑)
  • AB そうした見解を持つに至った個人的な体験が?
  • 松井 大学の中で教授や助手に女が一人もいなかった。女の描いた絵が認められていないし、歴史に残る絵というのも女が描いた絵は皆無に等しい。

Fuyuko Matsui, 終極にある異体の散在 (Scattered Deformities in the End), 2007, color on silk, hanging scroll, 124.3 x 97.4 cm

  • AB 日本を一言で説明すると?
  • 松井 海外に行って戻ってくると、水が美味しいのと、治安がいいのが抜群だね。治安がいいのが一番いいことだと思う。誰も銃を持っていないし。私一回すごいでっかいロレックスを落としちゃって、もう真っ青になったことがあったんだけど、戻ってきた!すごいでしょ!?だけど、問題があるとしたら、皆社会性ってことに気を使いすぎて、自分自身に苦しみを入れちゃうから自殺が多いのが問題かな。
  • AB 日本画には極めて制約が多いと思いますが、たとえばボンテージがむしろ魂を開放するように、制約があってこそ自由になれるということもありますか?
  • 松井 そのとおりですね。日本画だけでもないと思うんですけど、どうやって見せたら人に伝わるかということを考えていくと、人の心理状態を考えなければならないっていうことで、そういう意味で制約が出てくると思うんですね。テクニックを習得しなければ人に見せることはできないので。制約があることによって人に伝えることが可能になっていく。
  • AB あえて困難な道、制約のある道を選んだ理由は?
  • 松井 それは......親の教育ですかね。結局絵がすごく好きだっていうことに還るんだと思う。すごい絵を描きたいという欲望を達成させるためには、それをしないと達成できないという。犠牲だとは思っていないと思う。絵を描くのが好きだから、そんなに厳しいって思ってない、それが当たり前。
  • AB 毎日絵を描きますか?
  • 松井 そうでもない。考えてる時間が多くて。
  • AB 絵を描くことは生きていく上で一番重要ですか?
  • 松井 一番上です。
  • AB アート界での自分の役割をどう考えていますか?
  • 松井 日本画っていうジャンルって戦争までは絹に薄く線で描いていくっていうのが主流だったんですけど、戦後の日本画っていうのは西洋絵画、油絵の影響を受けたものだから、日本画を厚塗りにしていく傾向になってしまったんですね。私がやるまでは絹に薄描きで掛け軸にしてコンテンポラリーとして絵を描くやり方をしている人は誰もいなくて、分厚い紙に厚く絵の具をのせていく、画材は日本画だけど見た目は油絵みたいな作品が戦後から今までずっとそういう時代が続いていたので、私としては本当の日本画を引き戻して主題も新しいものを考え出していくっていう、そういう意味では新しいものを作り出したと自負しています。
  • AB 日本画に転換する決断のきっかけは?
  • 松井 長谷川等伯の「松林図屏風」っていうのが国宝であるんですけど、それを見たときに日本画の可能性をすごく強く感じた。要するに西洋でいうならモナリザに匹敵するような素晴らしい絵画が日本にもあるということに気がついて。
  • AB 日本の伝統を復活させるという活動を二○○五年から続けてきて、人々の興味や関心が変わってきたという感覚は?
  • 松井 少しは考え方は伝わっていると思うし、最近の学生もそういうふうに意識が変わってきているというのを実感する、というのは今まで絹に描いている人なんていなかったのに、この頃増えてきたんですね。それはとても喜ばしいことだと思います。
  • AB 立体作品やパフォーマンスを視野に入れたりは?
  • 松井 全然ないです。自分では彫刻のセンスがあると思ってたんですけど、大学の彫刻の実習があって、生まれてから、高校、大学、ずっと成績一番じゃないと気が済まなかったけど彫刻だけ落第寸前(笑)彫刻のセンスがないらしいっていう。
  • AB 作品に対する考え方は始めたころと変わっていますか?
  • 松井 変わったといえば変わった気がする。真ん中のところは変わってないけれども、経験をつむことによって見え方が落ち着いてきたというか...。
  • AB もしアーティストでなかったら何になっていたと思いますか?
  • 松井 格闘家。K-1 ファイター(笑)
  • AB 強いかな?
  • 松井 アイ・ドン・ノウ (笑)やったことないからあれだけど、体ひとつで生きているというか体だけを駆使して生きているような気がして、またそれをストイックにやらないと勝てないし、強ければ強いでまた悟りが開けるし、そういう意味で。
Fuyuko Matsui, 転換を繋ぎ合わせる (Joining the Conversion), 2011, color on silk, hanging scroll, 30 × 80 cm

Fuyuko Matsui, 転換を繋ぎ合わせる (Joining the Conversion), 2011, color on silk, hanging scroll, 30 x 80 cm

  • AB 作品はいつもMen-Free(男性の姿がない)ですね。
  • 松井 「Men-free」って言うんだ!すごい、覚えとく。(笑)いつも何ていったらいいんだろうって。「I don't draw men」とか(笑)自分が描くもの、モチーフを描く事自体もリアリティーを持っていないと、女性が受けている状況というのをちゃんと把握していないとそういう作品のコンセプトにもならないし、実感、リアリティーがないと絵にすることができないから まあ男性と女性とで社会的な立場も生き方も全然違ってるし、体自体も全然違う人だと私は解釈しているので、それで男子は描かないといけないっていう。
  • AB つまり、自分の感情を投影している?
  • 松井 自分の感情はもちろんあるんだけれども、それをセラピーとして描いてるわけでは全然なくて、かと言って私一人だけが感じていることではないという自覚は当然あって、私がこう感じているということは他の人もたくさん感じているはずだろうというのが前提にあって、それを他の人に見せるにはどうしたらいいだろうっていうのを考えながら見せていく。だから自分が感じていることっていうのは当然あって、なおかつ他の人の気持ちも考えながら出力する。
  • AB 女性蔑視を意識するようになるきっかけは?
  • 松井 一番最初?小学生の時に(笑)私が小学校だった時代はもっとひどくて。たとえばクラスに四十人ぐらいいるでしょう?出席番号っていう番号が振られて、まず男子が最初なの。で、女子が後ろ。なんで男子が先なの?おかしいじゃない。それが小学校の五、六年生になってくると、授業が分かれるんですね。家庭科と技術科って。なんで女が料理作らないといけないの!?ってなる。おかしいでしょう?(笑)でもほとんど田舎そうですよみんな。女が編み物しろだの料理しろだの。それで、家庭科の授業が終わると女の子が作ったクッキーを男子のところに持ってってあげてんの。馬鹿じゃないのと思ったほんとに。なんでそんな簡単に洗脳されてんの?もうちょっと考えなよ!
  • AB 小さい頃は本をよく読みましたか?
  • 松井 人がどれくらい読んでるかわからないからあれだけど まあ読んでたほうじゃないかと。でも漫画も結構読んだ。(笑)
  • AB 今気になっている人物は?
  • 松井 こないだラース・フォン・トリアーの『メランコリア』を見て感動した。『レクイエム・フォー・ドリーム』の次に『メランコリア』がくる。最高。最高によかったです。その次に『キックアス』みたいな。去年『キックアス』が一番だったけど。
  • AB 日本では?
  • 松井 誰かいたかなー。感動したもの。誰かいたような気がするけど思い出せない。ああ!こないだ割烹料理店に行ったときに長唄っていうか歌を歌ってくださる方がいて、三味線はなかったんですけど歌だけ歌ってて、それがすごいかっこよかった。で、民謡とかそういう感じなんですけど、ながもちうたとか、宮崎県の民謡だと思うんだけど、そういうの声だけで歌ってて、感動した、すごいかっこよくて。 私歌はすごい嫌い、嫌いっていうか音痴だから歌わない人なのであんまり興味を持ったことがなかったんですけど、たとえば人と飲みにいったときにああいう歌が歌えるのってすごい羨ましいと思ったし。
  • AB 嫌いなものは?
  • 松井 やっぱ女性蔑視かな。そこに戻っちゃう。何がなんでもそこ。(笑)たとえば具体的な例を出すと「いい女」って言葉があるじゃないですか。ときどき女性誌でも「いい女になる」なんて書かれてるんですけど、馬鹿かと思う。「いい女」って言葉は男がつくりだした男の理想の女を「いい女」という言葉に置き換えてるだけで、別にうちらはそれをいい女だと思ってないから!みたいな。
  • AB 死についてどう思いますか?
  • 松井 すごい漠然としてるなあ(笑)死の幅を狭めて言うと、身近な人でもこちら側が罪悪感を持ったまま相手が死んでしまうと本当に悲しい。何も関係性がなくて相手が死ぬと身近な人でもそんなに苦しむことはない......そういうことを聞いてるんじゃないんですよね、きっと。この頃死が近いと感じるんだよねぇ。
  • AB それはなぜ?
  • 松井 エネルギーがすごい溜まってきてます。それって死が近いからそうなるのか......体の変化なのか、不思議な感覚がこの頃あります。
  • AB 死に対する恐怖は?
  • 松井 怖くないけど、怖くないかわりに、今できる限りのことをしたいという思いが。
  • AB 一番の野望は?
  • 松井 マスターピース。まだまだですね。
  • AB なるほど、その不思議な感覚というのはマスターピースが生まれつつある予感ですね。
  • 松井 あっそういうこと!多分そういう感じ。