インタビュー:三瀦末雄

インタビュー・写真: アンドレイ・ボルド

 

規模でこそ欧米とは比べ物にならないものの、日本の現代アートシーンは決して見逃すことのできないユニークな作家でひしめいている。足りないのは何か?それは社会一般からの認知、そして金銭的な支援だ。日本の現代アートの存在そのものに政府が目を向けようともしない状況の中、アートシーンにエネルギーを与え続けているのは数々のギャラリストたちだ。なかでもミヅマ・アートギャラリーのオーナー・三潴末雄は、日本のアートシーンの重要人物にして最大の支援者の一人であり、作家に対する支援の必要性を誰よりも早い時期から認識している人物だ。日本茶室を備えたギャラリーの二階で行われたインタビューは、政治、文化、村上隆、そしてシンガポールの現代アートに日本が遅れを取る理由など、様々な話題へと及んだ。

ギャラリスト・三潴末雄

ギャラリスト・三潴末雄

  • AB ギャラリーの仕事を始めたきっかけを聞かせてください。
  • 三潴 私はとある企業向けPR誌の編集者でした。PR誌の表紙をカバーギャラリーとして、海外向けのPR誌には日本の作品を紹介し、国内向けのPR誌には欧米の作家の作品を紹介していました。こうした仕事を通じて、私は現代アートに興味を持ちました。ある日、ウォーホルはあまりにも有名な作家で手の届かないものだと思っていましたが、作品の値段が高くなかったので私にも手に入れることができると突如わかったのです。それは私の考え方をすっかり変えました。
    私は1989年に西麻布に初めて自分のギャラリーを開きました。黒田アキが彼の所属していたMaeght Galleryを私に紹介してくれて、そこから彼らとの仕事が始まったのです。黒田アキは他にも何人か興味深いフランスの若い作家を紹介してくれました。
  • AB ヨーロッパの作家から出発したということですか?
  • 三潴 そうです。80年代の日本のアートは少し退屈なもので、欧米のアートシーンの強い影響下にありました。日本のアートに興味を持ったきっかけは1987年か1989年のヴェネツィア・ヴィエンナーレだったと思います。船越桂と宮島達男が展示をしていました。そのとき一緒にいた英国人の女性の友人が彼らの作品を大変気に入っていました。彼らの作品の持っている私自身はもはや気付くこともなくなっていた日本的な本質に彼女は惹き込まれたのです。それ以降、私は西洋人の日本のアートに対するより深い洞察を理解するようになり、そうした感覚を与えうる日本の作家を探すようになったのですが、結局は見つからずにフランスの画家を扱い続けていました。もし私にもっと知識があり、代わりにコンセプチュアル・アートを収集していたならば、今ごろはずっと裕福になっていたでしょうね。しかし残念ながら、ニュー・ペインティングを集めていたので今やすっかり過去のものなのです(笑)。
    90年代初期、今はスカイ・ザ・バスハウスのオーナーの運営する白石正美の東高現代美術館が青山にありました。彼は当時の日本に国際的なアーチストを紹介する役割を担っていたフジテレビギャラリーを辞めたばかりでした。ジェフリー・ダイチが「Strange Abstraction」をキュレーションして三人のNYのアーチストを東京に紹介する一方で、私は「Double Take」をキュレーションして黒田アキ、白石由子、池村玲子をNYに紹介するというエクスチェンジ・プロジェクトを行いました。私はこの展示に大きな期待を寄せていましたし、人々が黒田アキを「東洋のマチス」と評するのを聞いて「すばらしい、彼はきっとNYで大成功するぞ!」と思ったものです。残念ながらそうはなりませんでしたが。まだまだ勉強不足でしたね(笑)
池田学, 《Foretoken》, 2008, 190 x 340cm. Collection of Sustainable Investor.Co.Ltd. Photo by Yasuhide Kuge © Manabu Ikeda, Courtesy Mizuma Art Gallery

池田学, 《Foretoken》, 2008, 190 x 340cm. Collection of Sustainable Investor.Co.Ltd. Photo by Yasuhide Kuge © Manabu Ikeda. Courtesy Mizuma Art Gallery.

  • AB そしてギャラリーを始めたわけですね。
  • 三潴 はい。バブル崩壊後はビジネスは難しいものの家賃は安い時期でした。青山地域の建物の半分は空っぽでした。それは作家にとってもとても幸運なことでした。もう誰も作品を買おうとはしないので、彼らは作品について深く考えることができたのです。新しい時代の始まりでした。この頃に私は卒業したばかりの村上隆に出逢いました。ご存知のように、私は彼の作品を購入した二人目の人物なのです。
  • AB 一人目は?
  • 三潴 白石さんです。
  • AB いくらで購入しましたか?
  • 三潴 約2万円でした。私が彼にこれからの活躍を楽しみにしていると伝え、支援を申し出ると彼はとても嬉しそうでした。
  • AB いい出会いですね。
  • 三潴 後に彼に会ったときには、彼の自分の母親に「自分の作品を買ってくれた二人目の人物」だと私を紹介しました。私はすっかりそれを忘れていましたが!彼によればそのとき白石さんはすでに彼の作品を売ってしまったようです。そのとき彼は、若い時期に作品が売れることは若い作家にとても勇気を与えられることで、GEISAIを構想するきっかけにもなったとも言っていました。ともあれ、自分のギャラリーを始めてからは私は作品を集めることを止めていました。ギャラリーを続けるためには自分のコレクションを切り売りしなければなりませんでしたから、たとえばロスコの作品......
  • AB ロスコ?ロスコを所有していて、しかも90年代の始めに売ってしまったって?
  • 三潴 「Blue Divided by Blue」というとても小さな作品でした。私が株で儲けた80年代に購入したもので、売却したときは半分の値段になっていました。
  • AB あのロスコを半額で?
  • 三潴 ギャラリーを続けるためでした。もし持っていれば2008年のロンドンのサザビーズオークションでは10億円になっていましたね。
  • AB なんてことだ。
  • 三潴 今も持っていれば......でも、いいんです。ロスコは手放したけれど、たくさんの素晴らしいアーチストを扱うことができましたから。現代のミヅマ作家たちは金の卵です。
  • AB あなたを含めて日本のアートマーケットの主要人物はビジネスの世界出身ですが、そのことがむしろ保守的なテイストをアートの世界に築いていったと考えることは正しいでしょうか?
  • 三潴 はい、彼らはアートを資産のひとつだと考えています。たとえば印象派絵画のような長く愛されてきた伝統的な作品を彼らが投資先に選ぶのはそのためです。若い作家の作品を集めることはリスキーで価値もないものですが、私はいつも「どうか日本の文化(現代アート)を支えてほしい」と頼んでいます。
  • AB 新しい市場を作るためにですね
  • 三潴 その通りです。日本人がそうしなければ誰が日本の文化を支援するのでしょう?アメリカ人?中国人?いや、私たち自身がしなければならないのです。
  • AB 村上隆は世界でもよく売れています。
  • 三潴 私は常々、村上隆の作品は私たちの日本文化にとってとても重要で、私たちの宝だと口にしています。ご存知のように、彼はやがて自分の美術館を作るためにすべての作品のエディションのひとつを自分で保管しています。それが日本で実現されることを本当に望みますが、彼は日本で自分の作品を見せることについて乗り気ではないのです。
  • AB なぜでしょうか?
  • 三潴 なぜでしょう......おそらく日本人がずっと彼に冷たくしてきたために彼は「アンチ日本」になってしまったのでしょう。ご存知のように彼は作家でありながら熱心なコレクターで、現代アートに限らず陶器や非常に良質な日本の伝統芸術の驚くべきコレクションを持っています。彼はとても活動的で、私はそれを尊敬していますが、日本人の中にはそれを嫌う人々もいます。たとえばオタクの人々ですね。村上自身はオタクのサブカルチャーを西洋人のために翻訳したと言いますが、彼らはそのことに賛同はしませんね。
  • AB しかし私のような外国人にとってさえ村上隆の作品のいくつかは極めて......計算高い、道具的なものに映ります。彼は日本のサブカルチャーをそのように彼の作品に用いるように思います。
  • 三潴 最近の作品は随分と変わってきていますが、彼はオタク文化とカワイイ文化をミックスしたスーパーフラットでよく知られています。私がマイアミで美術コレクターのスーザン・ハンコックを訪ねたとき、彼女はカイカイキキの作家をいくつか所有していました。私が「なぜカワイイ・アートを集めているのですか?」と尋ねると彼女は「幸せな気分になれるから!」と答えました。それで理解できたのです。現代アートは時々......とても重苦しい、哲学や概念の重みに囚われていますから。
  • AB アートフェア東京からは日本のアートマーケットがとても保守的で骨董品志向であるという印象を受けました。皮肉なことですが、伝統美術は少し前までは日本以外では時代遅れなものでしたが、今やFreizeでさえも伝統美術のリバイバルを見ることができます。しかし日本は現代アートを一度たりともしっかり受け止めたことはありません。
  • 三潴 このアートフェア東京は極めて内国志向で、醜悪な「西洋絵画風」のルノアールやモネの紛い物で溢れています。もう21世紀だというのに!骨董には強固な基盤がありますが、現代アートは極めて脆弱です。骨董品のコレクターたちは現代美術に対しても抵抗を感じないようです。真贋について信じられるものは自分の目だけで、確固たるものはありません。若い作家についても同じことが言えます。彼らが大成するかどうかは決してわかりません。骨董と現代アートのマーケットは互いに補完し合う関係です。
山口晃, 平等院養林庵書院壁画, 2012, 172.7 x 455.7 cm, 173 x 277 cm, 175.5 x 287 cm, Photo by Seiji Toyonaga. Courtesy Mizuma Art Gallery

山口晃, 平等院養林庵書院壁画, 2012, 172.7 x 455.7 cm, 173 x 277 cm, 175.5 x 287 cm. Photo by Seiji Toyonaga. Courtesy Mizuma Art Gallery.

  • AB 状況は変化すると思いますか?
  • 三潴 とても保守的な教育制度、そして美術教育を変える必要があります。美術館もそうです。美術館は前衛的で野心的な作品を嫌いますから。
  • AB どうすればどの変化は起きるでしょうか?政府が主導するのか、あるいは行動を起こすのはギャラリーとメディアでしょうか?
  • 三潴 クールジャパンという政府主導のプログラムがありますが、私たちは自分の国を説明するときに「クール」という言葉を決して使いません。それは私たちの言葉ではないのです。なんとも愚かしいことです。私はいつも「ホット」を使いますね。私たちは「ホット・ジャパン」で、マンガは「ホット」です。
  • AB 日本のようなビジネス志向の国が何故こうも遅々とした歩みしかできないのか私には理解しかねます。伝統を守ることは重要ですが、新しいビジネスの機会を創出し発展させるためには若い作家やクリエイターを支援することも同じだけ重要です。80年代は終わり、安全なゲームなど最早ありません。中国と韓国の急伸を見てもそれは明らかです!彼らは若く、貪欲で、グローバルなマーケットの一部になることを強く望んでおり、自分たち自身のアートを支援することを名言しています。
  • 三潴 アートとスポーツですね。韓国経済はおそらく日本の四分の一ですが、彼らは文化とスポーツに日本の七倍の支援を行っています。七倍ですよ!
    日本は第二次世界大戦期にアジアで恐ろしい行為を行いました。その埋め合わせとして私たちはアジアの国々にたくさんのお金を流し、建築、インフラ、道路、地域経済と発展支援を行ってきましたが、日本の文化を推進するためのことは何一つしてこなかったのです。
  • AB すばらしい、私は日本の他にこれほど文化が日常に入り込んでいる国を知りません。どんな季節や機会でも着物を目にすることができ、一年を通じて様々な祭があり、私にはどう手を付けてよいか到底考えも及ばない数多くの儀式があります。人々は生まれたときからそれらを深く理解するよう育てられています。また、他の文化に対する好奇心も旺盛です。正しい宣伝さえなされれば、ほんの少しの努力だけで人々はすぐにアートに興味を持つだろうと私は確信しています。
  • 三潴 私もそう思いますが、これは日本に限った話ではありませんね。インドネシアやタイ、フィリピンといった急速な発展を遂げた国家でさえ現代アートのきちんとした美術館を持っていません。東南アジアの作家の作品を誰が集めているのでしょうか?それはシンガポール美術館です。つまりそういうことなのです!東京はとてもコスモポリタンな都市ですが、国際的な美術館がありません。パリにはポンピドゥセンターがあり、ロンドンにはテートモダンがあり、ニューヨークにはMoMAがあります。では東京は?ないのです。一度、マンガ美術館が実現しかけたことがありました。旧総理がマンガへの愛情を公言し、予算さえ確保されましたが、再選挙によって計画は流れてしまいました。日本にはマンガの長い歴史があり、多くの出版社は展示することのできる現物を保管しています。もし実現していればすばらしいマンガ美術館になり、やがては観光名所になっていたはずですが、残念ながらそのチャンスは失われてしまったのです。
  • AB なるほど、しかしアートの歴史を紐解けば、とりわけ現代アートでは時代を切り拓くのは組織ではなくて個人です。グッゲンハイムやサーチ、あるいはカステリを抜きにしてアートは可能たりえたでしょうか?
  • 三潴 アメリカの税制はアートの寄贈を容易なものにしています。シンガポールも同様で、シンガポールがアジアにおける活発な中心になっているのもそのためですね。日本も税法を変えれば変化が起きるでしょう。
会田誠, 《電柱、カラス、その他》, 2012, 360 x 1020 cm. Photo by Osamu Watanabe. Courtesy Mizuma Art Gallery.

会田誠, 《電柱、カラス、その他》, 2012, 360 x 1020 cm. Photo by Osamu Watanabe. Courtesy Mizuma Art Gallery.

  • AB 311以後、何か変化はありましたか?
  • 三潴 悪くなっただけですね。政府は増税を求め、私たちはますます税金を払わなければならない!日本経済はバブル崩壊からずっと停滞したままで、やがて恐慌に突入するのではないかと心配しています。ああ恐ろしい!(嘆息)
  • AB ギャラリーとアーティストの理想的な関係はどのようなものでしょう?
  • 三潴 作家を自分のギャラリーだけで展示することには興味がありません。私が興味を持っているのはアーチストの思考と哲学であり、私のギャラリーの壁を越えたより広がりのあるプロジェクトを支援したいと思っています。私のアーチストたちは大きな成功を収めつつあります。今は森美術館で個展を行っている会田(誠)さんですが、昔は私が彼のために色々とサポートをしていました。会田さんの有名な話ですが、彼が九州の福岡で初めての個展を開催したとき、私はミヅマギャラリーの会田担当スタッフにこう伝えました。支払ってあげられるのは交通費だけで、お酒を飲むときは割り勘にするように、と。当然ながら会田さんはいつものごとくお金がなく、その担当スタッフが会田さんに飲み代の支払いは折半だと伝えると、彼は「もちろん大丈夫、僕には日本中にスポンサーがいるからね。」と接げて颯爽とアコムのATMへと向かったのです。この話はマンガにさえなりました。彼は若く貧しいアーチストたちにとってはカルト的な人物で、一種のアイコンとなっています。
  • AB 彼には裕福になろうとする雰囲気さえありませんね
  • 三潴 会田さんは村上さんとは大きく異なり、国際的な名声には興味がなく、日本での活動をもっとも大事にしています。会田さんが喜ぶのは日本人が彼の作品を買った時だけですね。
  • AB 西洋人は彼の作品をどう見ているのでしょう?何かしら認知されているのでしょうか?
  • 三潴 今はアジアではより知られるようになりましたし、アメリカにもコレクターがいます。とあるLA在住の著作権専門の弁護士はミニーマウスを犯すミッキーマウスの絵画を購入していますが、大変お気に入りの様子でした!
  • AB もっとも自分を感動させるものは何ですか?
  • 三潴 私のアーチストたちです。何人かは美術館での個展を行っており、それは本当に嬉しいですね。それと、私がキュレーションしている「ジパング」もそうです。ご存知のようにマルコ・ポーロの言葉である「ジパング」は記録上初めての日本に対する言及で、人々が日本について知っていることは外国人によって発見されたのです。ブルーノ・タウトは桂離宮を西洋人に紹介し、ミシェル・タピエはグループ具体を発見しました。浮世絵もそうですね......しかし311以後、私たちは自分自身の文化を再発見しなければならないのです。
  • AB もっとも嫌いなものは何ですか?
  • 三潴 多忙であることが嫌ですね。ほら、私は怠け者だから。
  • AB 本当に?
  • 三潴 それがどういうわけか......なんてこった......シンガポールに新しくギャラリーを始めてしまいました。私は言ってみれば魚、回遊魚みたいなもので、泳ぐのを止めたら死んでしまうんでしょう。
  • AB もしギャラリストでなかったら何になっていましたか?
  • 三潴 ははは!コレクターかな。
  • AB どうであろうとアートに入れ込むわけですね。
  • 三潴 そのとおり。そういう血が流れてるんだ。アートは私の人生だね。

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書き起こし: イズハラ・チサコ

翻訳: タムラ・マサミチ