インタビュー:米原康正

インタビュー・写真: アンドレイ・ボルド

 

パーティを渡り歩き、派手に遊び回る、モデルたちを引き連れたキャップの男 ― 写真家/編集者・YONE(米原康正)の華やかなペルソナに隠れて度々見逃されてしまうのは、彼の知的で雄弁なキャラクターだ。YONEの発する率直な言葉は、一般社会の常識を気にかけて立ち止まることなどは決してない。

インタビューはYONEの経営する「もしもしカワイイ原宿」にて、視界にこそ入ってこないものの常にその存在を強く感じさせるYONEの妻・葉子を交えて行われた。隣の店で買ったポテトチップスの味付けを全員で散々議論した後、YONEの話はセックスから、トレンド、彼の信条、テリー・リチャードソン、そして今日の日本にまで広がっていった。

A man of many hats: Photographer Yonehara “Yone” Yasumasa

A man of many hats: Photographer Yonehara “Yone” Yasumasa

  • ABまずはバックグラウンドから聞いていきたいと思います。学習院大学の法学部出身というのは本当ですか?
  • 米原はい。ただ、日本では大学は学ぶところではなく、入るところです。その意味では典型的な学生でした。大学に在籍しながら大手の出版社の集英社でアルバイトをしていて、支払いもよかったので卒業後もそこで働き続けることにしました。ライターとして仕事をしていましたが、期待されていたものと自分が書きたいものにギャップがあることにすぐ気づきました。五年間そこで働いてから編集の仕事をすることにしました。もともとビジュアルに興味があったので、初めは有名人の写真集を手がけました。経済的にはいい仕事でしたが、水着を選んだりどれだけ肌を露出させるかに頭を悩ませることにすぐに飽きてしまいました。この時点で今までやっていたことをすべて止めることを決心しました。ちょうど結婚したばかりの頃ですね。まさに始まったばかりの、ビデオを中心にしたポルノ業界にいた女の子たちを題材に取り入れる自分自身のプロジェクトに集中することにしたのです。自分のキャリアの中で最も苦労した時期で、生活に必要な分を稼ぐだけで精一杯でした。そうしているうちに、日本の女子高生の間でスタイリング、メイク、ファッションや生き方そのものに独自のカルチャーが生まれつつあることに気づいたんですね。とある出版社から何か面白い話題はないかと聞かれたときに女子高生について話をしてみたんです。それがやがて日本の女子高生に焦点を当てた「Egg」になり、その雑誌では僕がやりたいことは何でもやることができました。他の雑誌みたいにスタジオでしっかり準備をして写真を撮るのではなく、生のエネルギーを捉えた写真を使いたいと思いました。その頃、女子高生の間で安い使い捨てカメラを使って友達同士で写真を撮ってみんなでアルバムを作る流行がありました。それを知って、とてもおもしろいと思い雑誌に使ってみることにしたのです。街で人気の女の子たちに使い捨てカメラを渡して、彼女たちの好きに写真を撮らせたのです。写真としてのクオリティがどうであれ、追い求めていたカルチャーの姿をありありと捉えることができました。そんなことをしたファッション/ライフスタイル誌はおそらく「Egg」が初めてでしょう。さらにもう一歩進んで、自分のライフスタイルを他の人とシェアできる「アウフォト」(Out of Photograph)というものを始めました。個人的な写真を他の人に見せることで人々がもっと近づきあえるとできると考えたんですね。写真のクオリティなんて関係なく、いかに「リアル」かが大事でした。
  • ABインターネットが出てくる前の時代ですよね。
  • 米原当時はインターネットはなかったけれど、もしあれば雑誌とネットの連動を考えていたでしょうね。
  • ABテリー・リチャードソンとはどういった経緯で知り合ったのですか?
  • 米原テリーに会ったのは1997年か1998年で、彼がHysteric Glamourから出版する写真集の宣伝のための日本滞在中にずっと同行していました。僕はその頃は性産業で働く人たちの写真を撮っていました。サービスを受けていくよう誘われたりもしましたね。テリーはその写真を見て、撮影の状況に写真家自身が関わっているということにとても感激していました。それで意気投合して一緒に写真を撮りに行くことになり、何軒かそういった場所に連れて行ったのですが、テリーは女の子のルーズソックスを手に入れたりもしていましたね(笑)そのうちの何枚かは後に彼の作品にもなっています。その冒険がテリーのトレードマークともいえるスタイルを加速させたように思います。彼のスタイルは生まれ持った自己顕示欲と、僕とのこの経験と、荒木経惟からの影響が入り混じったものに見えますね。
  • AB写真に対するアプローチを実際に議論したことも?
  • 米原しましたね。写真についてだけではなく、ドキュメントとは何かとか、人間関係にとって性がコアであるとか、そんな話を二人でしました。とはいえ二人のアプローチの仕方は全く別物ですね。僕はもっと隠されたものや感情的な側面に興味があるけれど、テリーはドキュメントとして行為を捉えることにもっと熱心でした。今は結婚して子供もいるのできわどい写真はもう撮っていませんね。今撮っている写真は自分の子供でも見ることができるようなものです。
  • ABわかります。露出するのではなく、想像させる、そういうギリギリのところですね。
  • 米原エロと写真作品の中間の一線の上を歩いていますね。そこから次第にセックスを「かわいい」ものとして写すということに繋がっていきます。
A pillow in Yone's office

A pillow in Yone's office

  • AB一線を越えてみたいと思うことは?
  • 米原ありませんね。撮影中に決して感情移入しないようになるスイッチのようなものが自分の中にあります。女の子たちを撮影するときでも今のトレンドを反映しているかどうかを基準に選ぶので、自分の好みは関係ありません。今やろうとしているのは中国の人々が好むものですね。どうやったら日本の「かわいい」を中国に翻訳できるか考えています。中国や日本以外の国では「かわいい」は小さい女の子に使う言葉で、成人女性には使わないんですね。日本では性的に魅力的な女性にもかわいいということができます。この種のセックス・アピールは日本独自のもので、西洋の「大人」の性的ステレオタイプとは大きく異なるものだと思います。
  • ABおもしろいですね。日本だとたとえば半裸の女性でもセクシーではなくてかわいいものとして受け止められる。もっとおもしろいのは日本人の女性というのは、男性に対するのと少なくとも同じ程度には、同じ女性に対しても魅力的だということです。
  • 米原そうです。かわいいとセクシーを一緒に扱い始めたとき、多くの人はそのふたつがほとんど相反するものだと考えていたのでとても驚いていました。しかし、日本の女の子は「かわいい」とセクシーを同時に実現できるんですね。雑誌「S-CAWAII」から飛び出した「エロカワ」という言葉がティーネージャの中で一般化した言葉になった様に普通「エロ」は中年男性がポルノ的な意味で使っていたのですが、女性の間でも褒め言葉として受け入れられるようになってきているんです。ただ、男も女も「エロかわ」を受け入れたということにはなりません。男女の間にはまだはっきりと違いがあるけれど、その両方にとって魅力的な作品を作るのが僕の目標です。役を演じるのは昔から得意なので、女性の気持ちにもなりきれると思うんですね。もし誰かに「今すぐ17才の女の子になれ」と言われても大丈夫!(笑)
  • AB日本人があからさまな性表現を敬遠して、純朴さを装いたがるのはなぜでしょうか?
  • 米原別に日本人が性を敬遠しているわけではなくて、単に日本人の間で性に対する賛否が行ったり来たりしているだけだと思いますね。日本人にはその中間がないんです。70年代にはフリーセックスの思想があって、80年代には「ニュー・ファミリー」が話題にもなりました。性を否定する今の時代になるまでポルノ産業の大ブームがありました。大体5年おきにセックスとセックス反対のサイクルが巡ってくる感じですね。「コギャル」の狂騒の次に「裏原」のトレンドがあり、それから渋谷109の過剰なメイクとセクシーなスタイリングの「カリスマ」ブームがあって、それがまたマンガ的なスタイリングの「青文字系」に取って代わられています。自分自身が確信を持てる基準のない日本人はこのふたつのトレンドの両極を行ったり来たりしています。誰かが「これ!」といえば、みんなが「そう、これ!」とよく考えもせず同調します。たとえば、誰かを食事に誘ったら、ほとんどの人は自分の好みを挙げる代わりに、誘った人が何を食べたいか聞き返してきます。正しいか正しくないかの問題じゃなくて、他の人が何を言うかが一番大事なんです。ローティーンのファッション誌である「ニコラ」という雑誌で読者ページを担当していますが、その中の手紙で親への反抗として「ギャル」になりたいと書いてある時代がありました。
    おもしろいのは、女の子が「ギャル」としてメイクアップすると人格まで変わってしまうんですね!僕にとってそれは外見が人格をコントロールする日本のリアルな「コスプレ」カルチャーだと思います。よくあることですが、日本ではギャングスター的なヒップホップスターやロックアーティストが、ステージの上では罵詈雑言を履き乱暴にふるまっていても、ひとたびステージを降りると大人しい日常の姿に切り替わります。西洋にはあまりないことですよね?それは日本人のとりわけユニークなところですが、一方で自分自身というものが欠けてもいるということでもあります。
  • ABアジアからの関心が高まっていますが、日本はもうかつての先進性を失ってしまったのでしょうか?そうだとすれば、お金の流れ以外で、何か理由はありますか?
  • 米原今の日本は「アメリカに倣え」という戦後教育の結果を反映していると思っています。戦後世代は外国のものは優れているという考えで、西洋を疑ったりライバル視することはしませんでした。そうした考えがあるから、世界一になろうとしている中国に日本が競い負けるのは不思議ではないですね。
  • AB状況を変えるものがあるとすれば?
  • 米原日本人モデルをファッション写真に使うことからでしょうね。ほとんどの日本の広告とファッション誌は日本人向けに作られているにもかかわらず外国人モデルを用いています。個人的に自分の写真で外国人モデルを使うことはありません。何か違う気がするんですね。別に人種差別をしているわけじゃないけれど、日本人としては日本の一番いいところを見せたいじゃないですか。もしアメリカで働いていればアメリカ人を使いますしね。つまり、日本車がイタリアの町並みを駆け抜けるCMのようなものがあることが変なんですよ。自分たちを西洋人として見ようとする歪んだイメージに囚われて、日本人がアイデンティティ・クライシスのようなものを感じてるじゃないかと心配しています。それで今の日本がこうなっている説明がつきますね。しかし、その考えを他の人にも伝えたところでスポンサーの数が減っただけでしたが(笑)

(店が閉店したため米原氏のオフィスへ移動)

Yone shows his sex book

Yone shows his sex book

  • ABファッション・フォトグラファーになろうと考えたことは?
  • 米原ないですね。人間の方にもっと興味があります。
  • AB体の部位で一番好きなところは?
  • 米原一番作品にしやすいのは脚だったりします。脚を文字にコラージュして文字を作ったりしてる作品集もある(棚から一冊の本を手に取る)。これは15年前くらい前に作ったやつです。でもだからって特に脚が好きってわけじゃない。。日本人が英語のフォントを選ぶときって「ハードコアならこれ使うよね」みたいなイメージだけで、そのフォント使うとどんな気分になるかのリアリティはないじゃないですか。もし日本語なら、こんな場所でこんなフォントは使わないって言うリアリティはあるのにね。だったら、エロイ言葉を書くときにエロイフォントを使えば必ずその文字の意味が分からなくても、エロいという気分は伝わると思ったんです。それとは反対に、日本の風俗には「顔出しNG」という分野の写真の種類がある。目や口を手で隠す写真がそれなんだけど、親や友だちにばれたくないからそういう写真撮るんだけど,日本人特有の「わからなかったらOK」みたいな、自分がわからないと思ったら他人にもわからないと思ったりするような、そんな気分がおもしろくて、そういう写真ばかり集めてコラージュしてる作品もあります。両方とも、題材は「日本の曖昧さ」から来てます。
  • ABアーティストになろうと考えたことは?
  • 米原あるんだけど、自己満足って僕にはないんです。僕が満足するのはそれを見た人間が満足した瞬間。わかりやすさとかみんなに見てもらうことを考えるから、自分にしかわからないものよりはポップな方にどうしても行ってしまう。人に伝えるには自分が考える通りのものを作っちゃダメだという気持ちもあって、ちゃんと受け手の言葉で作らないとダメだと思って「カワイイ」という文脈の中で作品作ろうみたいな気分になっています。作品としてはアンディ・ウォーホルに影響を受けました。作品を作ったあとどうプロモーションするかの方法論は、毛沢東の「人民の中に」という思想を意識しています。普通の人の言葉で語らないと自分たちの思想は伝わらないという共産主義的な部分と、ウォーホルの誰もが使うもので作品を作るというポップというところは、僕からすると一緒なところがあって作品作りの基礎としてかなり取り入れています。ウォーホル自身の毛沢東への興味も、そういう商業主義と共産主義の似通った部分からだと思うんですよね。共産主義とウォーホルは陰陽みたいなものと僕はもともと思っていて、今の中国は共産主義のまま消費主義を取り入れてますますその傾向が強い。何も止めるものがない中国は、今や完全なポップ作品です。
  • AB日本らしいと思うものは?
  • 米原僕の日本人像は「お任せします」みたいな態度。政治もそうだけど、自分が考える、責任を持つってのが苦手なのが日本人で、その代わりに支持されればすぐに「はい」ってみんなでちゃんとやる。たぶん外から見ると主体性がないという言い方になるかもしれないけれど、日本だけだったら主体性とか要らなかったりするんですよね。びっくりするのは女子高生と話していて、「ね?」と言ったら「うん」ってなるよね。それって周りから見たら「何?何がうんなの?」ってなるよね。日本人ってそういう会話が多いじゃない。「わかるでしょ?」「ね?」ってね。日本人だけならそれでスムースに何の反対意見もないままスーッと動けて、もし政治が良かったらすごく良い国になるし、今みたいに政治が悪かったらすごく悪い国になる。それが日本で、本当はいいところが今の時代では悪いところになってる。日本人が自覚しないかぎりどんどん悪いほうに行くんじゃないかな。日本語って主語がなくても会話ができる。みんな「We」が主語で、「そう思う」って言うときには「みんなそう思ってるよね」という考えがある。外国だと「いや全然そんなこと思ってないよ」となるからやりにくいし、外国からしても日本ははっきりしなくてやりにくい。ただ、はっきりしないんじゃなくて意見がまとまるのを待ってるんだよね。そして、何か変なことを言う人がいたら「えー」みたいな、それが日本。
  • AB感動を覚えるものは?
  • 米原ぼくの知らないことを知ること。とにかく知らないことを探すこととか、中国で全然知らない人たちとか、自分の価値観と違う考えで生きている人と会うことが楽しかったりする。日本人って自分と違うことを良くないことと思うけれど、違いは違いで世の中にいっぱいあって、良いとか悪いじゃないってことを日本のみんなに教えられたらいいなと思うんだよね。日本人ってひとつの生き方とか考え方しかないと思ってるけど、考えも生き方もいっぱいある。そういう人が増えるといいなと思うんだけどね。
  • AB様々なプロジェクトを手がけていますが、自分のことをどのように紹介してしますか?
  • 米原編集者、「エディティング・エブリシング」ね。編集者って本だけじゃなくて、生きてることも編集できる。たぶん今コンテンポラリーでも音楽でも作られてない作品ってないと思うんだ。でも編集作業で見方や考え方を変えるだけで、今まで白に見えていたものが黒に見えるとか意味を変えることができると思う。それを助けるのが編集者で、日本人が普通に思っていたことを変えていけるとおもしろいなと思う。

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Translation: Chisako Izuhara