岡部桃

その年の大晦日の事はよく覚えています。私は中野新橋のアパートの一室で彼の帰りを待っていました。初めて会った時、彼は回春エステの従業員でした。この1年の間でデリヘルのドライバー、バイク便のライダー、土木作業員と次々と彼の職は変わっていきました。朝も昼も関係なく働いていましたが、日雇いの仕事では12万円の家賃を支払うのは厳しかったのです。家賃の支払いは滞ってゆきました。借金は瞬く間に増えていきます。私達は年内に支払えなければアパートを退去するよう大家から言い渡されていました。私達は、追い詰められていました。

 

12月31日夜。彼は、歌舞伎町でお金を作ってくると言って出かけました。私はベッドに寝転がって、うとうとしながらテレビのチャンネルを回していました。あと1時間で今年が終わります。彼は今頃歌舞伎町を走り回っているのでしょうか。とても静かで寒い夜なのです。

 

物音で目覚めると彼が戻ってきていました。”次郎さんが貸してくれたよ、気持ち良く貸してくれた”と、10万円を手にしています。私はなんだか泣きたくなりました。
”初詣行こうか”。手には焼酎の水割り。
”行かない。バイク乗るとおかしくなるから。もう一緒に出掛けたくない。”
年の瀬が迫るにつれて、彼もまた限界に近づいていたのを知っていました。最近じゃ赤信号も待てないのです。フルフェイスのメットを投げ飛ばしてしまいます。手足をじたばたさせて大声を出してしまいます。気狂いになったか、まだ正気なのか彼自身も定かではなかったのです。彼は爆発してしまいました。私は持てるだけの荷物をまとめました。殴ってくれればいいのに、と心から思いました。私はソファに横になり、朝が来るのを待ちました。

 

1月1日朝。彼は睡眠薬とアルコールで安らかに眠っています。私はベッドに腰掛けました。その時、彼の携帯電話が受信しました。彼は私以外にも恋人がいました。近所の熟女キャバクラのホステスです。
”いのちの灯火が消えそうです”
”どうゆう意味??”
彼女からの返信を見て、私は大きな荷物を抱えて部屋を出ました。とても清々しい朝日で、全てが輝いていました。

 

これが私の恋愛の全てです。私は私の事を写真にしてきました。そして、彼そのものが写真だったのです。私の写真は終わりました。私は、生きていく為に、次のアルバムを作らなければなりません。できるかどうか、まだ分かりません。

 

岡部桃

 

All photos © Momo Okabe

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