尾竹隆一郎

最近はもっぱらiPadを使って制作しています。

 

一年ほど前まで埼玉の30畳ほどのアトリエに住んでいて、広いスペースと大家さんの御厚意で何でも出来る環境でした。が、何でもやってしまう為、制作の方向性がブレていたようにも思います。失敗して途中でストップした作品が部屋に溢れ、最終的に1tのゴミになりました。ゴミ処理場に10往復以上し、ホームセンタ-で買ってきたままの材料をゴミ穴に放り投げているうちに、暫く物質から距離を取ろうと思いました。そして環境を制限して、机の上で出来ることをやろうと決めて神田のワンルームマンションに引っ越しました。

 

その中で自然とパソコンで絵を描くようになりました。10年ほど前からペンタブを使ってPhotoshopで絵を描いていたのですが、本格的に描きだしたのはそれからですね。

 

パソコンで描いている絵はiPadで描いているものとは雰囲気は大分違うものです。iPadを買ったのも外でも絵を描きたいからでしたが、ペンタブとタッチパネルは描いている時の感覚が違い、暫くの間iPadは放置してありました。

再び描き始めたのは作家の磯邉一郎さんと何気なくiPadで遊んだのがきっかけですね。そのあと何日か描いているうちに段々とタッチパネルタブレットの即興性との相性の良さに気づきました。指で描くことが出来るので、身体性が画面により届く感覚があるのです。
即興的な作品を描いていく中で、画面上を線が走り回る現在の作品に辿り着きました。手形が取れるかなと思い、画面にベッタリと手を押し付けてみたのが最初です。手を離してみると、そこには思ってもみなかったイメージが現れました。タッチパネルの入力位置が多点的になり、その間をランダムに線が飛び回ったことで生まれたイメージです。

 

線がランダムに走るだけでなく、画面も上下左右、拡大縮小を瞬間移動のように繰り返すので、その線の動きを僕が操作することはほぼ不可能です。唯一完全に判断出来るのは、いつタッチパネルから手を離すかだけですね。

 

制御出来ない現象に、辛うじて自分の意思を滑り込ませるように制作しています。そうすることによって自分が描いたとも勝手に出来たとも言えないイメージが生まれます。自分の手の形をトレースして走る訳ですから、そこに生まれるイメージは私の手形のようなもの、つまり私という存在の証明のようなものになるのですが、そこにバグが生じるのです。
カラフルなパイプが入り組んだ絵も同じようにランダムな動きを使って描いています。制作を続けていくうちに生まれてきたテクニックを使って、色、線の形もランダムに打ち込みながら描いています。描いてる姿はDJがレコードをスクラッチしているような感じです。その中で出来上がるイメージは配管が入り組んだ巨大な構造物に見え、昔のSF映画のイメージボードを思い出したりもします。

 

一枚大体3分から10分くらいで描いてしまいますね。埼玉で警備員の仕事をしていて通勤時間が往復3時間くらいあるので、その時間を利用してよく制作しています。後は休憩時間とかに描いています。

絵は絵画的バランスで判断しないように心がけています。あとで見てどうしてそうなったのかわからないものを選んで発表しています。行為の結果としてのイメージであってほしいのです。

 

最近は作品を見る目が変ってきたのを感じます。無機質な気持ちで、人の判断する範疇から外れよう、外れようと制作してきたせいか、なんというか、その作品の持っている人間の匂いのようなものに敏感になってきました。デジタルで描くようになってからの方がそういうものが見えてきたように思います。
人の周りをブンブン飛び回って観察しているような感覚です。段々虫のような感覚が混ざってきてるのが自分でも可笑しいですね。映画「ザ・フライ」のような感じです。混ざり合わないものが暴力的に混ざり合った先に新しい美しさがあるのだと思います。このまま行けば僕も今とは違う美しさにたどり着けるかもしれません。

 

尾竹隆一郎

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